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名古屋高等裁判所 昭和46年(行コ)1号 判決 1972年11月30日

控訴人・原告 林源一

被控訴人・被告 国

訴訟代理人 服部勝彦 外一名

主文

控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

事実

控訴人は被控訴人は控訴人に対し原判決添付目録記載の土地を自創法による買収対価に相当する価額で売払い、かつ昭和四二年四月一日以降右の売払い実行期日に至るまで年額五万三、二六七円の割合による金員を支払え、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張、証拠関係は次のとおり付加するほかは原判決事実摘示のとおりであるからそれをここに引用する。

控訴人の主張

1  昭和三〇年八月一七日、当時の稲沢土地区画整理事業施行者である稲沢町長は本件土地に対し二割四分の減歩負担を課する仮換地指定をなし(農地であれば土地改良法五三条一項二号により二割以上の減歩負担は課しえない)、同三五年三月末頃には近傍の整理事業工事も完成し経済上農地として利用し得ない状況となつたから農地法施行令一六条一項五号該当地であることが明白となつたので被控訴人は右の昭和三五年三月末頃には控訴人に本件土地を売払うべきであつたのに今日までその売払いを拒否しているのは違法である。

2  国有農地等の売払いに関する特別措置法は遡及して既存の権利を侵害する不公平なもので当然無効であるが、仮に有効とすれば、右法律による売払い対価は同法所定の時価の七割に相当とする金額となり、控訴人は被控訴人の売払拒否により、買収対価と右の七割に相当する価格との差額の損失を被り、この差額は被控訴人が国家賠償法一条もしくは民法七〇九条、七一五条等により控訴人に賠償すべきものである。従つて本件土地の売払い対価は前記措置法による対価より控訴人の損失賠償額を相殺した買収対価を以て売払うのが相当である。

3  又被控訴人は控訴人に本件土地が昭和三五年三月末より本件土地の引渡あるまでの期間控訴人の使用収益権を侵害しているので、その侵害による損失補償として昭和四二年四月一日より本件土地の売払い実行期日に至るまで年額五万三、二六七円の割合による金員を支払うべきである。

(証拠)<省略>

理由

一、原判決添付目録記載の本件土地はもと控訴人の所有であつたが昭和二二年一二月二日自創法により被控訴人がこれを買収したこと、しかし今日まで売渡処分がなされず、農地法七八条により国が管理していること、稲沢土地区画整理事業施行者である稲沢町長が本件土地に仮換地の指定をなしたこと、右の仮換地上に訴外六鹿代三郎が昭和三五年一〇月頃倉庫を建築し目下六鹿実が使用していること、控訴人が昭和四三年一月二三日本件土地の買受申込書を提出したところ農林大臣が同四四年九月二四日農地法施行令一六条四号に該当しないことを理由として売払いできない旨回答したこと、控訴人が同四四年一一月二二日行政不服審査法による異議申立をなしたが農林大臣が同年一二月一二日付でこれを却下したことは当事者間に争いがない。

成立に争いのない甲一ないし九号証、同乙一、二、三号証、原審証人、吉田日支雄、同丸山晃の各証言、弁論の全趣旨によれば被控訴人は控訴人より本件土地を買収したが自創法施行規則七条の二の三により売渡を保留し、当時の耕作者平手久尚外一名に自創法四六条にもとづく国有農地等の一時貸付に関する規則(昭和二三年農林省令一〇二号)等により一時貸付をなし同四三年一月一〇日と同年六月一日の解約までこの状態が継続したこと、その間本件土地のある地域は昭和二八年二月二六日、都市計画事業による整理事業地域に指定され、同年一二月一六日、右事業地区内の農林省所管国有地を、右事業に編入することの認許があり、同二九年七月二三日稲沢都市計画事業稲沢土地区画整理施行規程と同事業計画設計の認許があり同三〇年八月一七日減歩率二割一厘を以て本件土地に対し仮換地指定があつたこと、本件土地の一部に、訴外六鹿実又はその被相続人六鹿代三郎が昭和三五年一〇月頃倉庫を建てて所有していること、(この点は当事者間に争いがない)昭和四六年四月二六日国有農地等の売払いに関する特別措置法が制定されて(同年五月二五日から施行)から被控訴人は東海農政局長を通じ控訴人に同法の所定の対価(時価の七割)一八九万六、九〇六円で本件土地を売渡す旨の意思表示をなしたこと、本件土地は国鉄の稲沢操車場、同駅からもそれ程遠くなく付近に人家も多くなつていることの各事業を認めることができる。

以上の認定事実によると被控訴人が自創法により買収した本件土地は、おそくとも控訴人が農林大臣に対し本件土地の買受申込をなした昭和四三年一月頃には社会的、経済的に将来にわたり農地として維持すべき条件を失つた土地になつたことが認められ、自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進の目的に供しないことが相当になつたものと解しなければならない。従つて被控訴人は右買受申込に応じその頃本件土地を控訴人に売払うべきものであつたといわねばならない。

被控訴人は買収農地は農地法施行令一六条四号に該当しない限り、農地法八〇条一項による認定及び同条二項の売払いは出来ず、本件土地は右四号に該当しないと主張しているがかかる主張は採用できない。(昭和四六年一月二〇日最高裁大法廷判決参照)

ところで控訴人が昭和四三年一月二三日農林大臣に本件土地の買受申込をなしたところ農林大臣がこれを拒否したこと前記のとおりなるところ、右最高裁判決が示すごとく、旧所有者は買収農地を自作農の創設等の目的に供しないことを相当とする事実が生じた場合には農地法八〇条一項の農林大臣の認定の有無にかかわらず、直接農林大臣に対し当該土地の売払いを求めることができ、農林大臣はこれに応じ、その承諾をなすべきである。

二、しかるところ控訴人の本訴における請求は、買収対価に相当する価額で売払いを求めているのでその当否について判断する。

昭和四六年四月二六日国有農地等の売払いに関する特別措置法(昭和四六年法律五〇号)同施行令(同年政令一五七号)が制定されその売渡対価を時価の七割とする旨の定めがなされ右特別措置法附則二項で、同法は同法施行の日(昭和四六年五月二五日)以後に農地法八〇条二項の規定により売払いを受けた土地等について適用するとあるので、たとえばこの法律施行前に買受の申込をしても承諾の意思表示がない限り売払いの効果は発生していないのであるから控訴人の本件買受申込の対価はこの特別措置法による対価によるべきであり控訴人の主張は採用しがたい。

この点につき控訴人はこの特別措置法は遡及して既存の権利を侵害する不公平なもので無効であると主張しているので案ずるに、改正前の農地法八〇条二項がもとの所有者に買収の対価に相当する額を以て売払うとあり、かつ控訴人は既に昭和四三年一月に買受申込をしていたのであるからその後制定された右特別措置法によりその差の激しい対価をもつて律せられることは右措置法施行前既に売払手続の済んでいるものとの間に不公平を生じ、著しく期待を裏切られ、期待権を失つたものと考えられる。

そもそも売戻は買収すべきでなかつた農地を旧所有者に返すものであるから買収価格の売戻当時における貨幣価植に相当する価格を以て売払うことが公平と思われるのに右特別措置法は買収した目的が失われた点に深く意を払わず制定された感がないでもないが、右特別措置法は既に法律効果の生じた状態を不利益に変更したものでないから控訴人の立場もさることながら、この特別措置法を以て無効のものということはできず、この点に関する控訴人の主張は採用できない。

従つて控訴人が買収対価に相当する価格で売払を求める以上、控訴人の本件土地の売払請求は認容できず、棄却を免れない。

又控訴人は、控訴人が買収された価格で買えず前記特別措置法による対価でもつて買受けねばならないとすると、これは被控訴人が控訴人の買受申込を拒否したため生じたもので被控訴人は国家賠償法又は民法七〇九条により控訴人にその損害を賠償すべきものであるから、この賠償金と特別措置法による売渡価格代金とを相殺し結局買収価格を以て売渡すべきであると主張しているので案ずるに、控訴人の主張する賠償金債権の成否はしばらく別として、控訴人は被控訴人に対し本訴において売渡の意思表示を求めているものであるから、右意思表示がない限り受働債権たるべき売渡代金債権は発生しないから右相殺の主張は失当である。もつとも前述のごとく被控訴人は先に控訴人に対し前記措置法所定の時価の七割の一八九万六、九〇六円で売渡す旨の意思表示をなしたが、控訴人はこの申出を拒否して本訴請求に及んでいるのであるから、右意思表示による売買は成立していないことが明らかである。

三  又控訴人は、被控訴人が昭和三五年三月未より控訴人が本件土地の引渡のあるまで本件土地について控訴人の使用収益を侵害しているから、昭和四二年四月一日から本件土地売払い実行期日に至るまで年額金五万三、二六七円の割合による損失補償金を求めると主張しているが、叙上説示のごとく本件土地は未だ控訴人に売払われていないのであるから控訴人に本件土地の使用収益権はなく、それを前提とする控訴人の請求は理由がないこと明らかでありこれを棄却すべきである。

四  以上のごとく控訴人の本訴請求は理由がないのでこれを棄却することとし訴訟費用の負担につき民訴法八九条九五条を適用して主文のとおり判決する。

尚控訴人は当審に至り請求の趣旨の交換的変更をしたので原審における請求は審判の対象とならなくなつた。

(裁判長裁判官 西川力一 裁判官 廣瀬友信 裁判官 菊地博)

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